恋やつれ良寛

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help リーダーに追加 RSS ブログ小説 (23)  良子との出会い  その一

<<   作成日時 : 2006/07/14 17:30   >>

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桜は古代から人々に愛されてきた。梅、桃、桜、藤、橘など古歌にも多く読まれている。季節的にも先駆けて咲く梅は、当時の文化先進国、中国の人々に広く好まれたこと、また、その控えめな優雅さゆえに古代の貴人に愛された。そして、藤、橘といった優美な花も好まれた。 
 しかし、平安時代以降になると、桜の持つ艶やかさ、はかなさが日本人の美意識の中核となった。文学のみならず、絵画・工芸の世界でも桜は人の心を動かす代表的なモチーフとなった。

 平安末期戦乱の後に人々の心を支配した無常観が鎌倉・室町時代の新しい支配勢力にも広がった。西行や世阿弥の精神世界には、桜の持つ象徴的な美意識が頂点に達している。

 良子は実家にもどり割烹旅館を手伝うようになってから、少しずつ気力を回復してきた。母は彼女を若女将として接客の前面に立てるようになったし、父親も地元の組合の仕事や万事裏方にまわり、良子の役割分担を増やしていった。

 二年もするうちに、彼女はこの地域の旅館組合の花形女将になった。子供たちの面倒は、母や奉公人が何くれとなく面倒をもてくれたので、安心して仕事に励むことが出来た。
 再婚の話も何度か出たが、彼女はまだその気にはなれなかった。

 長年懸案事項であった旅館の改築工事も終わって、古代檜の立派な浴槽も出来上がった。 それなりに巨額の銀行借入もしたが、事業に活気があり、十年以内には返済も可能と考えられていた。
 

 一九八九年、昭和天皇が亡くなられた。年号も平成と改められたが、世界の情勢も経済も大きな転換期をむかえた。九〇年末に第二次大戦後東西に引き裂かれたドイツが統合され、翌年には、冷戦時代の一方の雄であったソビエト連邦が崩壊して十五の独立国家が成立した。日本国内では、株価の暴落が始まり、土地価格の高騰を基盤とした膨張経済の破綻が始まった。バブルの崩壊と言う長い経済低迷の序章であった。



 メディアに関わる人間にとっては、取材や報道に縦横無尽の活躍が期待できる社会情勢となっていたが、橘は五十歳を超えて、現場から切り離された環境に取り残されていた。
 かつての同僚や後輩たちが有力な管理職のポジションを確保して活躍するのを横目で見るだけの日々を過ごしていた。橘にとって会社での時間は、いよいよ息苦しいものになっていた。

 九一年の秋、思いがけぬ手紙が彼に届いた。差出人は瀬川良子となっていたが、まったく思い出せぬ名前だった。

橘 様

 突然のご連絡で失礼いたします。ロンドンでお世話になりました桜木芳郎の家内でございます。六年ほど前、夫に先立たれ、現在は旧姓に戻りまして実家の仕事を手伝っております。

 先般、七回忌に旧知の岡田教授にお目にかかりました折、ロンドンへの旅行のこと、また橘様にお世話になったことなど故人の思い出話が出ました。 
 思い起こせば、主人の死も突然のことで、気も動転いたしましたが、残された子供の将来のこともあり、現在の選択をした次第です。

 かなり前のことになりますが、遺品を整理しておりましたところ、橘様からのお手紙なども拝見する機会がございました。ご厚情のほど本当に有難う御座いました。

 唐突な話では御座いますが、芳郎の残しました品々の中に天体望遠鏡があります。かなり大型のもので収納の場所をとります。子供たちが、成長して、こうしたことに興味を持つ時期があるかもしれませんが、それは相当先のことと思われます。

 もし失礼でなければ、主人の思い出としてお納めいただけぬものかと、ご意向を伺いたく存じた次第です。東京からは少し離れておりますが、ごついでがありましたら、是非当地にもお越し下さい。

 格別のおもてなしも出来ませんが、商売柄お泊まり頂く部屋はいくらでも御座います。ここは秋田にも近く、鍋料理などもおいしゅうございます。そろそろ紅葉の季節で、おくつろぎ頂けると思います。奥様ご同伴で如何でしょうか。

 勝手なことを申し上げましたがお許し下さい。生前の芳郎がお世話になりましたことを、改めて御礼申し上げます。

                                         かしこ
           

                                         瀬川 良子


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